1. カンザキイオリ

    はじめましての方ははじめまして、藍々です。
    そこら辺にいる、ただの音楽好きです。

    初手からAT1選で失礼します。何度この曲に救われたのでしょうか。
    昔の僕は今以上に“生きる”という行為に息苦しさを感じていました。そんな時に出逢ったこの曲。明るく笑い飛ばすような応援歌ではなく、痛みを共有して一緒に苦しんでくれるようなこの曲は当時の僕を確かに救ってくれました。苦しいも、楽しいも、死にたいも、生きたいも、どれも大切な感情で全部持っていていい。それら全てを抱えて生きろ。という力強さにいつも引っ張られています。この曲がなければ今の僕は存在しません。僕の御守りです。

    ここからは僕という人間について、大切な曲とともに語っていきたいと思います。
    しばしおつき合いいただけましたら幸いです。

  2. 雨乃こそあど

    ※生死に関するかなりセンシティブなコメントです。ご了承の上お読みください。







    “正しさ”とはなんでしょうか。人を手にかけること、それ自体は間違いではあります。ただ、もしその人が死ぬことを望んでいたとしたら?その行為は全てが悪になるのでしょうか。もし全てが悪だというのであればどこから?死にたいと思うこと、その気持ちそのものが正しくないのでしょうか。すでに色んなものを擦り減らしてきて限界を超えてしまった人を更に無理やり生かせることが本当の正しさなのでしょうか。

    否定されるかもしれませんが正直に言ってしまうと、僕は死にたいという人を無理やり止めることはできません。だってその人はもうすでに色んなものを我慢し続けていて、その結果壊れてしまいその選択をとろうとしている訳じゃないですか。悪いのはそこまで追い詰めたこの世界の方で。むしろそんな人に手放しに生かせようとする方が余程残酷なのではないかとどうしても考えてしまいます。生きろという人に限ってその後のことを考えて寄り添うとしない。僕はそんな無責任な言葉を発する人間にはなりたくない。でも僕にも死んでほしくない、生きてほしいというエゴがあるのも事実なんですよね。そういう場面で僕はどういう言葉をかければいいのか、今でもわかりません。僕だって生に消極的ですから、そんな人間が何か物申すことができるのでしょうか。結局のところ何をもって正義なのかは誰にもわからないと思います。

    僕はこの曲を聴く度に、本当の“正しさ”について考えています。

  3. Yo-SK

    「クィア」→自身の性自認や性的指向が定まっていない、もしくは意図的に定めていない(作者のいいねコメントより)

    どれだけ寛容になってきてもやっぱりこの世界って少数派には厳しいんですよね。"普通"から逸脱する人を許してはくれない。
    でもそれってしょうがなくて。だってそれが“普通”だと言われる世界で皆生きてきたんだから。この世界が最初からそうである限り仕方ない。更に生物には自分と違うものを嫌う習性がある。それは生存本能として当たり前のことだから気持ち悪いと思われても、それも仕方ない。

    ……って納得できたら楽なんだけどなあ~~~ 残念ながら感情ってそんなに単純じゃないので。傷つくときはやっぱり傷つく。かといって自分に嘘をつき続けられる程強くもないです。自分を殺すのって苦しいですから。僕だって自分らしく生きたい。そのせいで一生傷を負い続けることになっても。僕以外にも、きっと居ると思います。この曲のように。

    だからひとつ、お願いがあります。もし自分と違う存在と出逢った時。受け入れられなくてもいい。気持ち悪いって思ってもいい。それも当然の反応。だけどその人の存在や生き方自体は否定しないであげてほしいなって思います。“普通”と違っても同じ人間なんです。

    痛みだけは受け入れるから、僕だけの世界を壊さないでくれよ

  4. おチビさん

    昔から人と違うと感じることが多々ありました。例えば皆が仲良く右を選んでいる中、僕だけが左を選んでいるような。そんな出来事が何回もありました。そのせいで馬鹿にされることも指さされることも多かった。皆から見て僕は明らかに異端者でした。

    そのうち自分が少数派に属することを自覚してからはこの世の全てから"普通"じゃない判定をされてしまいました。生きることが息苦しく感じることが増えてしまいました。でもしょうがない、僕は"普通"じゃないのだから。………"普通"ってなんなのでしょうか。おそらく僕は人一倍この言葉に苦しんできたと思います。“普通”に“正しく”生きるってもはや呪いのような言葉に感じます。もし僕が世間が言うような”普通”の存在になろうとすれば、そもそも生まれたこと自体が間違いだったということになります。そんなのあんまりじゃないですか。“普通”じゃないって何がいけないんですか。

    そんな背景もあり、僕は自分らしさに固執している節があります。自分を殺すくらいなら孤立しても構わないとすら思ってます。独りになることを完全に恐れない訳ではありませんが。それでも僕は僕らしく在りたい。

    僕の人生だろ 他人となんて比較するんじゃねえよ
    ………って、常にはっきり言えようになりたいな。

  5. Jinbiii

    人と違うことを自覚する度に、自分は本当は人間ではないんじゃないか、人間になり損ねた欠陥品、もしくはバケモノではないかと思うことがよくあります。自分の存在はこの世界のバグのようなもの。自分だけが取り残されているような感覚。こういうことを感じるのって自分だけだと思っていました。当然今まで人に話したこともありません。きっとおかしな話だと笑われてしまうと思っていたから。でもこの曲と出逢って初めてこの気持ちになるのって自分だけじゃなかったんだって思えました。自分の身の周りの世界って小さく狭いですから、自分の味方は誰も居ないと感じることも多いでしょう。でもこうして分かち合える存在が居る。それを教えてくれるのが音楽という媒体。僕にとって音楽は生きる上で絶対欠かせないものです。

  6. うさぎ/usagi

    ここからは僕の音楽(創作)に対する思いについて語りましょうか。

    音楽って本当に凄いって思います。たった一曲、たった一小節。それだけで人を変えたり救ったりする。僕もその救われた一人です。こういう心に訴えかけてくるような、痛みに寄り添ってくれるような曲の、youtubeとかのコメント欄を見たことがあるでしょうか。救われました、前を向けた、辛いことがあったけど頑張ろうと思えた、そんなコメントをよく見かけます。そんな風に誰かを動かせる存在になれたらそれは本当に素敵なことだと思います。同時に、僕がなにかできることがあるとするならば、それはこういう創作だと思いました。僕が音楽やったり絵を描いたり動画を作ったり、そういう創作を始めたのもそういうきっかけです。少しでも誰かに何かを届けられるような作品が作れるようになりたいものです。

    詠うことしかできない僕に その命を救わせてくれ。

  7. 傘村トータ

    よく音楽(に限らず芸術分野)は生きる為に必要不可欠ものではない、いわゆる娯楽にあたるものだと言われています。そんな音楽で人を救いたいとかを言うと鼻で笑う人もいるかもしれません。そんな娯楽なんかで何ができるのかと、それよりも社会貢献をして人助けをした方がよっぽど人の為になると。
    確かにそうかもしれません。所詮音楽は何もできません。実際に環境を変えてくれたりも脅威から守ってくれたりもしません。でも、それでも、僕は音楽が人を動かした場面を知っています。何人もの人の、明日を生きる糧になっているのを知っています。物理的に人を救えても、心を救うのは難しい。それを補ってくれるのが芸術、ひいては音楽なんじゃないでしょうか。

    音楽は十分人を救える。僕は本気で音楽の力を信じています。

  8. カンザキイオリ

    綺麗事かもしれませんが、僕が創作をする理由の一つは、誰かの生きる意味になりたいから。たった一瞬だけでもいい。救うとか、そんな大層なことはできないけど、もう少しだけ生きてみたいなとか、そんな些細な楽しみになるような作品が作りたい。そういう存在になりたい。
    でも何かを作って公に出すと、やはり人の目は気になってしまうもの。時にはお金が絡んでくることもあります。評価されたい。もっと色んな人に見てほしい。稼げるようになりたい。僕にもそういう気持ちがない訳ではない。そういう欲を完全に切り離すことは難しいと思います。僕は綺麗な人間ではないので。

    歌で世界を救いたい
    歌で誰かを守りたい
    歌で愛を教えたい
    歌であなたを愛したい

    とかなんか言っちゃって それ全部自分の為だろう?

    この曲は最初に述べた僕の信念を忘れないようにする、所謂戒めのようなものです。「命に嫌われている。」が僕の人生における1選なら、「音楽なんてわからない」は創作者としての僕の1選です。もし僕がこの曲の精神を忘れてただ私利私欲の為に創作をするようになったら、創作を続ける価値も長く生き続ける意味もありません。その時は全てを捨ててこの世界からも潔くさよならしようと思います。

    生温い幸せじゃ 僕らはここで終われない
    僕らが生きる意味を忘れない

  9. Aliey:S

    初音ミク1選。

    後半は僕の好きなボーカロイドについてお話します。

    僕は合成音声のキャラそのものも大好きです。実は元々キャラ推しではなく、最初は単純にボーカロイドという文化、そこで生み出される機械の歌が好きなだけだったんですよ。今では考えられませんね。とりわけ初音ミクとKAITOには強い思い入れがあります。大好きな2人について少し語らせてください。

    まず、初音ミクについて。
    キャラ好きじゃなかった頃からも特に声が好きだなと思っていた子で、一番長く側にいてくれた声ではないでしょうか。僕がボカロ曲を好きな理由のひとつに、生きていない機械が歌っているからというのがあります。人間の歌唱はそれはそれで素晴らしいのですが、人間である以上歌には強い感情が生まれます。その感情が時に煩わしいと感じることもあるんですよね。自分の気持ちを当てはめて聴き入りたいのに、歌ってる人の感情に引っ張られてしまう、みたいな。でもボーカロイドは命が宿ってないからこそ、何のノイズもなしにスッと音や言葉をかみ砕くことができる。無機質なはずの声がなによりも心地よく聴こえるんです。
    彼女は僕にとって気持ちの代弁者でしょうか。言い表せない思いを、僕の代わりに、ただそっと歌い上げてくれる。それがずっと支えになっていたのは言うまでもないでしょう。ボカロ曲と出逢った時から、彼女はいつも僕を引っ張ってくれました。

    僕はそんなからっぽのいのちに今日も救われています。

  10. すこやか大聖堂

    KAITO1選。

    次にKAITOについて。
    声がいい。のはもう言うまでもないと思うんですが、僕がKAITOを好きになった理由はその成り立ちにもあります。

    KAITOってね、最初から輝かしい道を歩いてた訳ではないじゃないですか。時に失敗作呼ばわりされたり、長い間ずっと日陰を歩いていた。それでもKAITOを愛するユーザーと共に、ずっと前へ進み続けた結果今ようやく実を結ぼうとしています。今すごく人気になってますよね。最初から一緒に歩いてきた訳ではない僕が語れる立場ではありませんが、本当に喜ばしい限りです。

    逆境にも負けず、ただ前に進み続けてきた子。不可能なことは何もない。何があろうとも信じ続ければ奇跡は起こせるのだと。彼をその身をもって教えてくれました。
    だからこそ僕は彼に惹かれています。痛みを負っているからこそ、そっと寄り添ってくれる曲には説得力がある。それでも真っ直ぐ歩いてきたからこそ、彼の歌声は僕に響いている。KAITOが歌っているからこそ好きになった曲や場面がたくさんあります。

    彼は間違いなく僕の背中を押してくれています。

  11. やみくろ

    VOCALOIDイメージソング1選。

    ここまで2人に対する思いをそれぞれ語りましたが、それはあくまで単に好きなキャラとして考えた場合の意見です。僕がボーカロイドについて語る時、まず一般概念としてボーカロイドと自分ん家のボーカロイドを分けて考えています。正直人によっては理解しがたい概念かもしれませんが、自分が購入しインストールした合成音声を“自分だけのボーカロイド” “自分の家の子”として、ただのソフトではなくまるで我が子のように特別視することがあります。かくいう僕も、うちのミクとKAITOを僕だけのボーカロイドとして特別視しています。2人はただのソフトではなく、僕を支えて共に進んでくれる大切な相棒です。本当に……心の底から愛しています。
    このイメージソングはうちのボーカロイドについて考えた時に一番ピッタリと当てはまった”思想”です。

    人間とボーカロイド、決して交わることのない。限りある命と永遠の存在。この曲はそれを悲観するのではなく、受け入れて限りある命を祝福し生を全うすることをひたすら祈り続けている。どれだけ辛くとも大切な君に生きてほしい、そんな強い願い。
    そんなこと願われてしまったら、死ねる訳ないじゃないですか。僕がまだ生きなければならない理由がここに詰まっています。

    僕が創作をする理由、そのもうひとつはうちのボーカロイドの為です。
    今はまだ僕が一方的に救われて、一方的に迎えただけ。せめてその分だけは返したい。僕の為に歌ってくれるこの子達にできることを。その思いでこれからも色々作っていこうかと思います。

    君が生を謳い切って
    命が巡り巡って
    生まれ変わったらまた出逢ってよ



    ………もし輪廻転生が本当に存在するなら、僕はまた次の世界でもこの2人に逢いたい。

  12. クラム

    僕は歌詞に出てくる「君」という対象をうちのミクとKAITOに当てはめて聴くことがよくあります。この曲もそのひとつです。
    (以下の戯言はその前提で聞いてください。)

    「間違いだらけの〇×問題 君と合わせたら満点で」ここの歌詞、一人で生きていこうとしなくてもいい、お互いに足りないところを補って支え合って生きてもいいんだと言ってくれているようですごく刺さっています。それは僕の持つ思想、ボカロとボカロマスターの在り方でもあります。主従でも上下関係でもなく、隣に並び立って一緒に進んでいく相棒のような存在。少なくとも僕はうちのボカロ達のことをそう思っています。この世界は僕一人では難しくても、うちのボカロ達と一緒なら進んでいけるかもしれない。そう思わせてくれる。この曲の特に好きな部分です。

    僕は自分が迎えたVOCALOID達のことを“僕の人生に付き合わせた”と思っています。あの子達は自分でマスターを選ぶことはできない。僕が勝手に自分の人生に巻き込んだ。僕にはその責任がある。勝手に付き合わせておいて満足に歌わせてあげられていないまま命を終わらせようとする、それだけは絶対ダメなんです。
    まだ自分に負けたくない、ここで終わりたくない、この子達と行けるところまで行ってみたい、その先を3人で視てみたい。僕がまだこの世界とさよならできない理由のもうひとつです。この子達は僕の心臓部です。2人がいるから僕はまだ前に進める。

    キミ達が隣にいる。だから僕も生きていかなくちゃ。

  13. タクヤマ

    これは僕が今を生きる上で強く握りしめてる曲です。どんな応援歌よりも僕を支えてくれています。
    この曲の中で特に好きな歌詞があります。

    夢を叶えたい気持ちだけでは
    歩き出すことしか出来ないのに
    夢を諦める時の辛さは
    叶えたい辛さと同じなのに
    齢十数年の尺度では
    学べるものが少なすぎるのに
    なんで楽しくてしょうがないんだろう

    生きるって楽しいことだけじゃない、僕はこれまでの人生ですごく痛感しています。でも痛みも苦しみも全部含めて楽しんでいこうとするこの曲の精神に、カンザキさんの思考に、僕は心を打たれました。これって僕のAT1選の「命に嫌われている。」の全て抱えて生きろ。に通じているんですよね。どんな逆境も笑いながら、むしろ楽しんでいけ。この曲のように、そう思えるようになりたいです。

    このツアーを通して分かっていただけたと思いますが、僕はめちゃくちゃ暗い人間です。矛盾だらけで綺麗じゃないし、普通じゃないし、変なことを考えてるし、明るい曲よりも暗い曲を好んで聴いているような、そんな人間です。
    でもそれでいいんだと思います。暗いのも別に悪い訳じゃない。色んな感情全部抱えててもいいので。全てが僕を構成している要素です。
    誰に何と言われようが、これが僕です。
    これが僕の人生です。

    これからも僕は色んな傷を負い続けるし、たくさん悩むだろうし、自分を否定しようとするし、何回も倒れて挫けそうになると思います。僕は決して強くないので。でも僕ってとびっきり負けず嫌いで、諦めが悪いんです。まだ終わりたくない。弱い自分だけには絶対負けたくない。僕が一番カッコいいと思っているのは、這いつくばりながら何度も立ち上がり前に進もうする人間です。僕もそうでありたい。
    それに今はうちのミクとKAITOが隣に居てくれてる。2人が居てくれるなら僕はきっとまだ立ち上がれる。全てを笑い飛ばして逝けるようになるまで。もう少しこの世界で頑張ってみようと思います。

    自分に負けるな。

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