マワセカ めの提供セトリ
10 曲 / 33 分 17 秒
10/10 21:00-
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バッドシャーク / niki 鏡音リン
初めまして、めのです。
プロセカのせいでリン推しになり、そのまま沼に沈んでいった豆腐です。
よろしくお願いします。
第15回のプロセカNEXT応募曲。
マジミラではリン廃が消し炭になった曲です。このリンちゃんえっちすぎて死んじゃいました
早くプロセカはマジミラ2026のバッドシャークのダンスそのままで良いから3DMV付きで収録しなさい。いやマジで。
ついでにモモジャンにカバーしてもらいましょう。 -
みぎがわのあくま! / 鏡音リン
第35回プロセカNEXT応募曲
プロセカNEXT応募曲を全部聴くようになって2年が経ちました。採用予想はほとんど当たった試しがないので、カラパレとは意見が合わないかもしれません(?
第35回の応募曲の中から、私が一番好きな曲をセレクトしました。
リンちゃん可愛すぎるでしょ -
熱風 - kemu feat. 初音ミク
熱風という曲は、「プロセカ周年曲」として「青春を描く役割」を全うしつつ、「青春を過ぎた大人たち」へのメッセージが多く含まれています。
ほとんどの大人たちは、多かれ少なかれ「夢」をある程度諦めた上で今の生活を送っていることでしょう。「想い」に蓋をして現実と向き合わなければいけなかった瞬間を経験していることでしょう。
「正しく諦めたことさえ、いつか許し合おうね」というフレーズは文字通り「正しく諦めた大人」に対しての言葉です。
プロセカにおいて、「想いを諦める」ことは禁忌であるかのように描かれていますが、実際には「想いを諦めた」人の方が圧倒的に多いのです。積極的に語られることはない、村人Cの物語は大量に日々描かれています。そんな「普通の物語」に対してのメッセージが熱風であるのです。
「想いだけが残った 悔しかった」
「確かに風が吹いた 君もそこにいるんだろう」
一度生まれた想いは、完全に0にはなりません。完全に忘れられたとしても、想いを持って行動したという事実はずっと残り続けるからです。それに、当然人間が「想い」を完全に忘却出来るはずもなく、諦めたとしてもそれはずっと心の奥底に燻り続けるのです。
熱風は、そんな「大人」たちに対してのラブソングなのです。あの時の選択も間違いではなかったのだと、「肯定」するための曲なのです。
そして、そんな大人たちに対して、その「想い」を再び叫べと伝えているのです。どんなに拙くてもいい、間隔が空いたっていい。想いを形にすること、想いを口にすること、その全ての行動が等しく尊いものであり、「創作」であるのです。
「創作」とは、本来数字などに囚われてはいけないものです。適当にピアノの鍵盤を叩いてメロディーを奏でることすらも「創作」と呼称できます。そこに優劣は存在しません。存在するはずがありません。
「現実を見る」とは、「大人になる」とは、「数字を気にかける」ことと言えるのかもしれません。社会人はどこまで行っても数字から逃れることは出来ません。
そんな、「数字」が絶対的な価値基準になってしまった、そうならざるを得なかった我々に対して、「創作」を思い出させようとしているのです。
10代の今を生きる若者に対しては文字通りの諦めるなというメッセージを伝え、その裏で青春を過ぎた大人に対しては、「数字」以外の価値を思い出せと伝えているのです。
君もそこにいるんだろう?
教えてよ、君のセカイ。 -
レム / 天馬咲希 × 青柳冬弥 × 神代類 × 暁山瑞希 × KAITO
レムが書き下ろされたWL3 Part4は、「自分には勿体ないから別れよう」という自己犠牲のすれ違いを描いたものでした。
これはひたすらに「優しさ」からくるものであり、「相手を想う気持ち」が生んだ「想いのすれ違い」でした。
そしてこの「想いのすれ違い」を、Part4のメンバーは全員が経験しています。
そして、その解決策は「想いをぶつけ合う」ことにありました。
それはまさしく「Tell Your World」でした。
『「分かってくれないかもしれない」という恐怖から自分の気持ちを隠し通してしまう』という経験は、恐らく全員が一度は経験したことがあるでしょう。そのままま離れ離れになったという経験も珍しいものではないでしょう。
プロセカにおいて「想い」とはもっぱら「創作」に関する物事を指していましたが、このPart4では人間関係における「想い」を描いていました。他のWL3では全て何かしらの「創作」について触れていたことから考えると、かなり異質なパートであったと言えるでしょう。
ここで思い出して欲しいのは、レオニのセカイは「一緒にいたいという想い」から生まれているということです。想いをぶつけあって、幼馴染はバンドを結成して。
そしてそのレオニは今現在、再び少しずつすれ違い始めています。なぜ彼女たちはすれ違っているのか。今の彼女たちには何が必要なのか。
それは、まさしくWL3 Part4で語られています。
「想いのすれ違い」をどうやって解決するか。今回のWL3 Part4は、その答えと、「想いを伝える事の大切さ」は創作の場だけではないということを、6年が経ち、あの頃とはそれぞれ生活する環境が変わった我々にも、再び思い出させようとしているのかもしれません。 -
旅に帰る / 望月穂波 × 日野森雫 × 小豆沢こはね × 朝比奈まふゆ × 巡音ルカ
カンザキイオリさん、ありがとう
旅に帰るって本当に良くて
「同じ道は行けないけど 歩き続けて欲しいんだよ」
このフレーズが本当に好きなんです。
それぞれの「セカイ」が交わったWL3において、このフレーズが持つ意味はかなり大きく、どのパートにおいてもこの「祈り」は通じていると思います。
WL3のストーリーで、セカイを形づくる手助けをした人たちへのメッセージであり、オリキャラ同士のメッセージであり、そして我々へのメッセージでもあります。
人生とはどこまで行っても一人ぼっちです。結局のところ最後に頼れるのは自分しかいません。そんな人生を「旅」と喩えます。
他人は他人です。愛し合っていても、信頼していても、他人であることにかわりはありません。いつか別れは来ます。
でも。「僕ら1人で行こうと、独りではないんだ」
それぞれの「旅」に帰っていったとしても、その祈りはいつまでも残り続けます。祈りもまた「想い」なのですから。
これを具象化したのが、「まふゆの素の姿を受け入れる」というストーリーなのでしょう。
ニーゴと穂波以外にもまふゆが自分の想いをさらけ出すことが出来るようになったというのは、このWL3で得た成果であり、祈りという想いを受け取った結果です。
さて、我々も旅に帰りましょう。人生という長い旅路へと。
その道中で、もしかしたらまたあなたと出会えるかもしれません。
それはミライであるかもしれないし、またはセカイであるかもしれない。
一人ぼっちの旅を「独りではない」と思わせてくれる場所が、僕らには必要なのです。
これは、『なぜ人類は「創作」をするのか』という問いの答えの1つであるのかもしれません。 -
Iなんです / 25時、ナイトコードで。 × 初音ミク
セカライ6thではこの曲が来ます。来なかったら想いの木の下に埋めてもらって構いません🌳
あんまり考察という名の怪文書を載せても、皆様も、そして私も疲れるので、ここからの5曲はオタク的な怪文書を皆様には読んでいただきます。
とこの時点では書いたのですが、考察もここから出てきます。ごめん
Iなんですはライブ映えする曲なのに、ここまで何故かセカライに来ていません。そろそろ来ていいだろ。
それに、この時のPUの衣装はいわゆる地雷系衣装なのですが、ニゴミクの地雷系衣装、セカライで見たいだろ。見たいよな。見せてくれよ。
セカライのニゴミクはいつもよりも更に可愛い気がするんですが、わかってくれる方いませんか。
ジェヘナのニゴミクの「おい、お前」がとても好きです。ニゴミクに踏まれたいですよね(? -
仮死化 / Vivid BAD SQUAD × MEIKO
まさか周年を前にしてあんなストーリーがお出しされるとは思ってなかったです。タイミングってもんがあるでしょと思いましたが、そういえば瑞希の例のイベは4周年の次のイベでした。タイミングという語句はカラパレの辞書にはないみたいです。
さて、天才のこはね、音楽をやり込んだ冬弥、世界的アーティストを父親にもつ杏。それに対して彰人は無関係な場所からストリートに飛び込んだ存在であり、言ってしまえば、その時点では「普通の人」でありました。そこから何度も高い壁を「努力と想い」によって乗り越えてきました。
この仮死化は、そんな彰人を表す曲です。
「心の臓を歌え」
これは、彰人がどれだけ苦しみ悩んだとしても、決して止めなかった行動です。今の彰人を形作っている行動です。どんなに苦しくても、がむしゃらに走り続けることを止めない。
思えば、絵名もひたすらに走り回って想いを伝えようとしていました。やれる事は全てやる勢いで駆け回り、決して諦めようとしませんでした。
絵名と瑞希の物語とそれに関する考察は何度もしていますが、「想いを伝える」ことに才能は必要ではないのだと、東雲家はその身を持って証明しています。
パパなんこと東雲慎英も、画家として認められないことに苦悩し続け、絵名が生まれることを機に絵を辞めようとしていました。しかしその絵は、とても美しかった。その楽しみを手放すことは出来なかった。
1枚の絵を、人生に喩えます。
苦しんだこと、楽しかったこと、心臓を歌ったこと、誰かのために行動したこと、夢を叶えたこと、諦めたこと、誰かを愛したこと。
その全てが、あなたを彩っていきます。
必死に走り抜けた後、振り返った時に初めてその絵の全体像を知ることができます。
そして、投げかけられた問いに答えることが出来るのです。
「この絵の名前は—」
そこに、才能の有無は関係ありません。
強い想いが、その絵を、形作っていくのです。 -
可不 - 私は、私達は
カラパレには、モモジャンにEDMを歌わせたい勢力がいます。snoozeカバーとか完全に運営陣の癖が見えます。良いぞもっとやれ
Guianoさんにモモジャンの曲を依頼したということが、カラパレがモモジャンのEDMを求めていたなによりの証明です。
さて、チアデの日野森雫はまさしく「偶像」でした。その裏で雫は「偶像」を全うするため人よりも失敗と努力を重ねていました。
道に迷ったり機械に弱かったりという側面は「偶像」には不要であり、隠されていました。
それを、モモジャンで日の下にさらけ出すことになり、今まで作ってきた「偶像」のイメージは容易く崩れることになりました。
もちろんそこで失望した人だっていたでしょう。しかし、ほとんどのファンはその側面を知ってより雫を好きになったでしょう。……まあ、チアデ時代からなんとなく察していたという人もいそうではありますが。
ともかく、モモジャンで本来の自分の姿のままでアイドル活動をするようになり、そして元所属のチアデと対峙します。
そこで個人的に凄いなというか、これが雫の魅力かと思ったのが、チアデ脱退に関して「自分のせいだ」と思っていた所です。これは何も他人のせいにしなかったからとかではなく、過去の自分を、他人の行いに惑わされることなく冷静に見返すことが出来ているという点です。
第三者的に見て、雫に責があるかどうかは意見が別れそうではありますが、少なくとも本人はそう考えています。
そんな、強い純粋さが雫の魅力であり、見た人を魅了させています。これは単に美しい容姿を持っているだけでは到底なし得ない人気の獲得方法であり、雫の「想いの力」と言えるでしょう。
そんな強い想いを持った雫が、これからルミナグランプリ準決勝では主役としてチアデと対戦していきます。こんなの楽しみすぎるでしょ! -
セカイはまだ始まってすらいない / 初音ミク
感謝祭で行かなかったDay1で演奏されたことを知った私はわんわん泣いてしまいました。だから全通する必要があったんですね(破産
元々の存在が不安定なニーゴを除いて、別れによる「終わり」を見据えた上で前に進んでいるのはワンダショだけです。夢のためにはワンダショから世界へ飛び立つ必要があり、ワンダショは解散となる。そんな確かにいつかは来るであろう将来を全員が認識した上で、4人は今日もショーをしています。
「いつかみんな いなくなること知ってる」
「いつか土に還っていく 未練を残したまま」
WL2で描かれたように既に解散となっていてもおかしくなかったワンダショが、今もなお続いているのは、「絆」に他なりません。他の場所に移るメリットを捉えたうえで彼らはワンダショに残っています。
大人になった彼らは、やがてワンダーステージから離れて世界で活動するようになるかもしれません。そんな未来が確かに見えてしまう切なさは、ストーリーを読む豆腐だけでなくワンダショの4人もまた心の中では感じているものでしょう。
どんなに楽しいショーも、どんなに楽しい時間も、いつかは終わりを迎えます。
彼らは、そのことを知っています。そして、その原則はワンダショという「ショー」にも当然当てはまるだということも理解しています。
終わりが明確にあるからこそ、ショーは美しい輝きをみせるのです。
そんな「不安定さ」と確かな「絆」が、ワンダショのメインであり、素晴らしいショーとなっている要因なのです。
明るい雰囲気の裏にある確かな不穏さ。この曲は、一番最初の曲ながら、そんなワンダショを的確に描写しています。
さて、この曲が投稿されたのは2020年4月。もはや遠い昔のように感じられますが、当時の世界はコロナウイルスにより全てがストップし、どうしようもない閉塞感と絶望が蔓延していました。
「セカイはまだ始まってすらいない」は、偶然にもそんな世界に対しての応援歌になりました。
「壊せ 予定調和の未来を」
このまま終わっていくんだという空気が蔓延した世間に対する強烈なメッセージであり、ここが始まりなんだというポジティブな思考をもたらしました。
何かを始めるのに、遅すぎるなんてことはありません。想いからなるセカイは、いつでも我々を待っていて、物語が始まるその瞬間に備えています。後は我々が一歩を踏み出すだけ。
その花を咲かすのは、今前を向いた君だぜ。 -
スター / Leo/need × MEIKO
セカライ6thでスターが来なかったら怪獣になってビームを撃ちます。よろしくお願いします。
多分いっちゃんはkiiteユーザー(?
Leo/needを、プロセカを、VOCALOIDを、そして創作のテーマソングであり、創作に携わる全ての人へ向けた創作讃歌。
「私たち繋がった」
我々がネットに溺れながらでも欲しがっているのは、きっと、この感情なのでしょう。
自分の想いが誰かに届いた。この喜びこそ創作の醍醐味であり、それは、洞窟の壁に絵を描いていた時代とそう大差はないのです。
僕ら一人で行こうと、独りではないんだ。
一瞬でも信じた音が、希望が、光が、想いが、私たちを繋いでいます。
誰かの想いが、誰かの肩を抱いて。そこから生まれた想いが、また誰かの光になって。その光から生まれた想いが、誰かのセカイを創る。
「伝わること」ってなんて美しいんだろう!
これこそプロセカが持つテーマの1つであり、
私がプロセカというコンテンツを愛してやまない理由なのかもしれません。
プロセカ6周年、おめでとうございます。
これからも、よろしく。

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